手書きのすばらしさ
ここのところ、あらためて気になる事に「手書き」がある。
もともとノート類が好きで、ちょっと上等なノートもキャンパスの大学ノートも好き。なんとなく書くという感覚が私にはフィットするように思う。
ウェブの仕事をしたりしていると、ミーティングにはノートパソコンをもってパチパチ売ってそうなイメージだけど、私は話し合いで記録用にパソコンを持っていくことはまずない。
これは、お気に入りのノートパソコンを手に入れても、変わらない。
パソコンでメモするよりもノートに手書きする方が、その時の感じが記憶に残るし、どんな話をして、どんな話に脱線したのか、とかまで見たら思い出せて、いい。
そんな当たり前の感じで思いつつ、調子の出ないときって、書いてない。
だから調子が悪いのかもしれないけど。
頭の中でモンモンとして、グルグルまわっているのだと思うけど。
ここ最近、少しやる気が出てきて、すると「手書き」の良さというのに、なんだか急にアンテナがいくというか、そんなかんじがある。
パソコンできれいにできるものは確実に美しいし、プロっぽいんだけど、なんかそれではない味わいというのか、感じが、手書きにあるような。
この夏の大きな展覧会をいくつか見てみても、なんというか、「手書き」「手描き」がとても際立っているような気がする。
グラフィックはもちろんパソコンから生まれた文字でできているけれど、展示物は、そもそもパソコンがまだない時代のものだっりするから、ひとつひとつ丁寧なレタリングとか、とっても味わい深い。
その当時のユニークな文字を読みやすく作られたものが様々なフォントとなっているとおもうけれど、家具の仕事をしている時にひたすら絵筆で文字を描いてポップを作っていたことが急にすごいことだと思えてきた。
あの時のいろんなポップ、パソコンだとできないものだったんだと思う。
手書きの方が時間もかかるし、手間なんだけど、「書く」「描く」を見直してみるタイミングなんだと自分的に思う。
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